事業所職員だより
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Vol7. 七夕神社(小郡市)
 
  小郡市の郊外を流れる宝満川左岸の一部水田や畑地は江川ダムから送られた農業用水を使用する地域です。

 この地域に近い小郡市大崎区に、地元で「たなばたさん」と呼ばれる七夕神社があり、8月7日(旧暦の7月7日)には、七夕神社の夏祭り(境内には、七夕飾りや、祭り提灯、全国から寄せられた色とりどりの短冊が笹竹に飾り付けられる。)が行われます。
 七夕神社を紹介いたしますと、神社の歴史は古く、8世紀頃に記された「肥前国風土記」にも登場しているほどの古社で正式名称は「媛社(ひめこそ)神社」、祭神は、媛社神(ひめこそのかみ)と織姫神(おりひめのかみ)です。

2つの神社と天の川大橋の位置図
七夕神社の東側を流れる宝満川を天の川に見立てて、対岸には「牽牛社」が建立(西暦1200年から1300年の鎌倉時代に建立との説があります。)されていた時期がありましたが、水害とほ場整備のため大正12年に老松宮に移され合祀されています。

また、少し離れて宝満川にかかる「天の川大橋」では、牽牛と織姫のオブジェが星が描かれています。
 ■ ・・七夕解説・・ (※諸説ありますので参考程度としてお読みください。)

@七夕(たなばた)信仰
  7世紀に中国から伝わった牽牛、織姫の故事と、日本の棚織女(たなはたつめ)信仰が一つになったものが七夕(たなばた)信仰と言われています。

A牽牛、織姫の古事
  牽牛、織姫が天の川に隔てられ、年に一度7月7日に会うという故事

B棚織女(たなはたつめ)信仰
  日本では、古来より7月7日の夜、人里離れた水辺に作られた棚で、乙女が機(ハタ)を織り、神を迎えて禊ぎを行う信仰行事がありました。

C七夕(たなばた)と読む理由
  「七夕」は(しちせき)と読み5節会(1月1日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日)の一つでしたが、これに、棚織女(たなはたつめ)信仰の7月7日の夜、人里離れた水辺に作られた棚で、乙女が機(ハタ)を織り、神を迎えて禊ぎを行う信仰行事=「棚機」(たなばた)と牽牛、織姫が天の川に隔てられ、年に一度7月7日に会うという故事が結びつき、「七夕」(しちせき)を「七夕」(たなばた)と読むようになったようです。

 ■ フォトギャラリー

七夕神社 (正式名称は「媛社(ひめこそ)神社」)

老松神社(牽牛社)
 
七夕神社には願い事を書いた短冊か飾られており、近くの運動公園には牽牛と織姫の像がある

天の川大橋にも星に囲まれた牽牛と織姫の姿があった

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