朝倉街道は、別名筑前日田往還とも呼ばれ、博多から筑前町、朝倉市を通り日田に通じる街道で、日田街道は、江戸時代に九州各地から天領日田に通じる街道の総称です。
そもそも往還とは、人が行き来するための道、主要な道路、街道のことで、江戸時代の五街道以外の主要な街道を脇街道といい、薩摩街道、長崎街道などもあたります。朝倉街道も脇街道にあたるのかもしれません。
今回歩いた朝倉街道は、朝倉市甘木の甘木山安長寺〜筑前町〜筑紫野市山家〜筑前町二〜宝満川.。また途中立ち寄った饅頭屋さんで「ここら辺の小学校は遠足で太宰府まで行く」との情報を得たこともあり、宝満川を上流に太宰府天満宮まで歩いてみました。
今回の区間は、地図のとおり国道386号線(通称、朝倉街道)にほぼ並行した山裾のコースでもあり、アップダウンも少なく、路線的にもほぼ最短で歩くには最適なルートだったように感じました。
道中は、田園風景も広がる一方、往事を偲ばせる町並みや神社、今でも道行く人を見守る道祖神や猿田彦大神、そして薩摩街道や長崎街道の分岐点には追分石や郡境の碑などの道標が残っています。また曽根田川を渡る手前(左岸側)の筑前町篠隈までは、江川ダムの水が届く、まさに両筑平野用水地域でもあります。
それでは、道中に見かけた光景を紹介します。
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甘木の地名の由来になっている甘木山安長寺
大楠は須賀神社の大樟(男)と夫婦と言われている。
(朝倉市甘木) |

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旧甘木市街地にあるアーケード街も朝倉街道。安長寺の門前町として栄えた町でもある。
(朝倉市甘木) |

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路傍の神とも言われる道祖神
(小石原川左岸)
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依井新町交差点まで国道386号線の南側を通過をする朝倉街道
両筑平野用水の水路も交差
(筑前町依井) |

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道の神、境の神でもある猿田彦大神(西宮(恵比須)神社入口)
(筑前町新町) |

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往事を偲ぶ町並みの朝倉街道
(筑前町新町) |

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先の大戦で太刀洗陸軍飛行学校等の空爆による数多くの犠牲者をお祀りし平和の碑も建立されている熊ヶ山
(筑前町依井) |

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円墳で横穴式石室がある古墳時代後期の仙道古墳
(筑前町久光、弥永) |

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秋月藩が境内に倉を建て、飢饉に備えて米などを蓄えた五穀神社。山裾の道は秋月城下に通じる
(筑前町久光) |

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葉物野菜や大豆畑・ハウスが広がる水田
(筑前町久光) |

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「遍路と古狸」(筑前町HP)」の伝説がある阿弥陀堂
(筑前町久光)
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阿弥陀堂の横に立つ庚申塔
(筑前町久光) |

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神功皇后が登り、四方に目を配ったことに由来する目配山(両筑平野地域を一望できる)
(筑前町栗田)
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往事を偲ぶ旧家沿いの朝倉街道
(筑前町森山) |

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幸運の当たる所(宝くじも当たる?)として有名な熊野神社、別名当所神社。また境内には古墳も残る。
(筑前町当所) |

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朝倉街道沿いの高木神社
(筑前町長者町) |

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高木神社前の朝倉街道
(筑前町長者町) |

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籾の乾燥貯蔵、籾摺りを行うカントリエレベーターや遠くに背振山系を望む田園風景
(筑前町長者町) |

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キャベツ畑が広がる水田)
(筑前町長者町) |

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曽根田川右岸地域を潤す松延池(両筑平野用水地域外)
(筑前町松延) |

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朝倉街道と薩摩街道の分岐点を示す追分石
(筑前町石櫃) |

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右:肥後薩摩道(薩摩街道)、左:豊後秋月日田甘木道(朝倉街道)
(筑前町石櫃) |

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朝倉街道と分岐する薩摩街道
(筑前町石櫃) |

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朝倉街道から宝満山から三郡山を望めます
(筑前町中牟田) |

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筑豊本線・国道200号線と交差する朝倉街道
(筑紫野市山家) |

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長崎街道と分岐する、交通の要所に残る山家宿番所跡。手前は国道200号線(長崎街道)
(筑紫野市山家)
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朝倉街道と分岐する長崎街道(原田方面)
(筑前町二) |

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御笠郡天山と夜須郡二の郡境にある二境界石
(筑前町二) |

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古くは御笠山、竃門山と言われた宝満山は県内でも登山客で賑わう山(標高830m)
(筑紫野市天山) |

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七五三参りや合格祈願の学生などで賑わう太宰府天満宮 |
■位置図

一度、天気の良い日にでも歩いてみてはいかがでしょうか?季節に応じた田園風景などが楽しめるのではないでしょうか? 朝倉市甘木から太宰府まで歩くと全行程おおよそ20kmあり、その日の体調や健脚に応じて、全行程歩くも良し、途中で公共交通機関を使うと気楽に歩けるのではないでしょうか。公共交通機関は、旧街道と並行する国道386号線には朝倉市甘木と朝倉街道駅を連絡するバス路線や、筑豊本線、西鉄等の鉄道などがあります。
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| 【文章・写真:I.I】 |
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