ぽとり~職員のコラム

2013年11月05日

立木観音に参拝したことありますか


 各地方に、厄除けで有名な神社仏閣はあるそうですが、大津市南郷に通称「立木観音」と呼ばれている、厄除けのお寺「立木山寺」は、南郷洗堰の約2キロ下流の瀬田川の西側(国道422号線)の山手にあります。

                             
 国道脇から約800段の急な階段を登って行きます。
 参道の入り口で弘法大師像が参拝者を迎えてくれます。
 九十九折の参道を本堂めざして登っていくと、参道の脇に立木さんへ、お礼を込めた短歌が刻まれた多くの歌碑が奉納されている。 その碑を見ながら、奉納された方の思いが込められた歌に共感し、しんどい道も苦にならなかった。
 境内には、本殿のほか社務所・鹿に乗った弘法大師像・幼少の聖徳太子像が建立されている。休息所では疲れをいやす人たちが見られた。本殿からは、厄除けの、ご祈祷や太鼓が境内に響きわたり身がしまる思いであった。
 
参道の階段 参道入り口の大師像
参道の階段 参道入り口の大師像

              
 毎月17日は、月詣りする参拝者で賑わっている。
 特に1月は、シャトルバスが運行され多くの人が参拝者が訪れている。
 小生が厄払で立木さんにお参りした時、多く参拝者で混雑していたことが思い起こされる。
 厄年には諸説あるそうですが、一般的には 男26歳・42歳・61歳。女19歳・33歳・37歳が本厄で、本厄年の前後も前厄・後厄とされ、また、男42歳・女33歳は大厄とされ、厄年の間は注意が必要とされています。
 厄年を信じますか、それとも迷信と思いますか。

立木山寺
立木山寺
                             

鹿に乗った弘法大師 歌碑
鹿に乗った弘法大師 歌碑
              
立木観音さんは
 弘仁六年(平安時代前期)に瀬田川の対岸の山にに光をはなつ霊木を弘法大師が見つけ、川を渡れずにいるところ、雄鹿が現れ大師を背中に乗せ霊木に導き、鹿は観世音に姿を変えた。大師は四十二歳の大厄にあたっているので、観音さまがお導きいただいたと歓喜され、自分の厄だけでなく、世の中の人々の厄難・厄病をく祓うことを祈願され、霊木を立ち木のまま、大師の背丈合わせて聖観世音の尊像を彫刻され堂をつくり安置されたと伝えられている。

写真の「立木観世音御縁起」には弘法大師が立木観音の由来が書かれています。

立木観世音御縁起
茲に近江国厄除立木観せ音は弘法大師の御自作也その来歴を尋ぬるに人皇五十二代嵯峨天皇の御宇、弘仁六年弘法大師四十二歳の御時、諸国行脚し給ふ折柄此山に光を放つ霊木あり、奇異の思ひをなして近寄らんとし給ふに前に、一帯の大河あり、暫く川の邊りに佇み玉ふに不思議なる哉白き雄鹿忽然と出現し、即ち大師を背に乗せ大河を跳び渡り、霊木の前に導き白鹿忽ち観世音を化現し光明を放ちて 虚空に消散し玉ふ
大師歓喜に堪へず是れ即ち我が有縁の霊地ならんと其霊木に向ひ玉ひ誓願を起し、夫れ人の危難あるは殊に四十二歳の 厄年なり、我が既に厄年なれば除厄の為め且は未世の衆生の諸々の厄難厄病を除き給わん事を祈念し、即ち立木のまま御身の丈に合して五尺三寸の聖観世音の尊像を彫刻し玉ひ、其の餘木を以て御脇立毘沙門天、廣目天又は大師の、真影に至るまで彫刻し堂宇を結び安置せし玉ふなり斯かる不思議の霊像なれば参詣の人々諸々の厄難厄病を遁れ諸がん成就せずといふ事なし
其後紀州高野山を開基し玉ふ、故に当山を元高野山と云ふ誠に千有餘年の霊地なれば信心の輩には感應まします事疑いなし、依て世人に知らしむるものなり


立木観世音御縁起
立木観世音御縁起