ぽとり~職員のコラム

2014年09月26日

高島市の偉人


 高島市の偉人、中江藤樹、藤本太郎兵衛を紹介します。

 江戸時代の有名な儒学者である中江藤樹は、1608(慶長13)年高島の地に生まれました。 米子、四国の大洲を経て、この地に私塾を建て、地域の人々に両親の徳、善行の進めについて教えを広めました。
 弟子となった馬子(馬を使って荷物を運ぶ仕事)達に教えを説いた話が残っています。
 話の内容は、馬子が飛脚を馬に乗せた時に飛脚が大金の忘れ物をしたのですが、馬子は直ぐに大金を飛脚へ返却し、感激した飛脚よりの高額なお礼の申し出を断り、その理由として藤樹先生から日頃より困っている人の助けとなるよう教えられていると返答したというものです。

 藤樹の父母を敬い、他人のために尽力するという教えは日本人の中に現代まで受継がれてきています。

 藤本太郎兵衛について紹介します。

 江戸の天明から天保の時代に親子三代にわたり琵琶湖周辺の水害を無くすため活躍した方が深溝村(現在の高島市新旭町深溝)の庄屋、藤本太郎兵衛でした。

 この方は、琵琶湖の水位を下げるため瀬田川の浚渫工事を行いました。
 幕府への打首覚悟の直訴、瀬田川下流の浚渫工事反対者の説得、人夫の統制不足での工事中断等の困難な出来事もありましたが、約50年をかけて大規模な治水事業を行いました。
 琵琶湖の治水という大事業を成し得た根底には、困っている人を助けるという中江藤樹の教えがあったのではないでしょうか。

 現在、中江藤樹の私塾は藤樹書院として市内にあります。藤本太郎兵衛の銅像は琵琶湖湖畔にあります(この銅像の近くに道の駅しんあさひ風車村があります)ので是非来てください。

藤本太郎兵衛の銅像(対岸は伊吹山) 藤樹書院
藤本太郎兵衛の銅像(対岸は伊吹山) 藤樹書院