ぽとり~職員のコラム

2014年12月02日

旧東海道 大津宿(おおつじゅく)


 JR大津駅前を琵琶湖へ向かって歩いていると、旧東海道と交差します。

 宿場町としての機能と米などの琵琶湖沿岸からの物資が集散する港町の機能を併せ持った大津宿は、江戸時代には東海道五十三次の宿場の中で最大の人口を有していました。
 それでは、旧東海道を歩いてみましょう。

現在の旧東海道線
現在の旧東海道線


 古い町並みに、1891年(明治24年)に起こった「大津事件」の石碑があります。
 「此附近露國皇太子遭難之地」と記されています。

大津事件現場
大津事件現場


 東海道と北国街道の分岐点であった「札の辻(ふだのつじ)」は、現在は普通の交差点となっていて、交差点の片隅に建つ「札の辻」の看板だけが当時を偲ばせています。

現在の札の辻
現在の札の辻


 大名御一行が宿泊した大津本陣の跡地には、現在、建物は残っていません。
 「明治天皇聖跡」の石碑があるだけです。

大津本陣の跡
大津本陣の跡


 大津宿は江戸日本橋から数えて最後の53番目の宿場町であり、次は終着点の京都です。大津宿から京都へ抜ける逢坂(おうさか)越えは、現在、車で十数分ですが、江戸時代は高低差が大きい難所でした。
 1800年代当初には逢坂越え対策として、牛車の車輪がぬかるみにはまらないよう両輪の幅に合わせて2列に石を敷くという車石(くるまいし)敷設工事が行われ、その一部が復元されて残っています。

復元された車石
復元された車石


 琵琶湖の景観と合わせて、是非、大津の古い町並みもお楽しみ下さい。