今から800年ほど前、土御門天皇の中宮であった陰明門院の皇子は、体が弱かったこともあり、小原の地に伴の者と住んでいました。
小原の人たちは、皇子ののことを「白子皇子」と呼び、とてもよく世話をしていたといわれています。頭の良い白子皇子が考案して、村人に教えてたものの1つがカエデを材料にした『木のかご』です。
『小原かご』といわれるその木かごはゼニカゴ、ツボカゴ、ナタカゴなど種類も多く、生活には欠くことのできないものでした。その素朴な美しさもあって人気が高く、広く売りだされていましたが、今では作る人がほとんどいなくなり、余呉町から消えかけている伝承文化です。
余呉町では、有志で「小原かごを復活させる会」を作り、この『小原かご』作りの技術の伝承に取り組んでいます。会員の方々は、再び『小原かご』を皆様へお届けしたいと日々奮闘しておられます。
![]() ゼニカゴ |
![]() 小原かご教室の風景 |